渡辺 最近まで合宿だったそうですけど、期間はどのくらい行ってたんですか。
上村 フランスの山奥に3週間です。
渡辺 毎日滑ってた?
上村 最初は「3日滑って1日オフ」っていうスケジュールを立てたんですけど天候のせいでオフが潰れたり。なんだか大変でしたね。
渡辺 トレーニングの日は、1日じゅう滑ってるんですか。
上村 朝から昼まで2、3時間滑って、ご飯を食べる。午後は、また2時間くらい滑って、山を降りた後はジムに行って…1日じゅう運動ですね。
渡辺 けっこうハードですね。
上村 楽しくないですね(笑)。
渡辺 「フランスの雪山」って聞くと、「リゾートな感じ」を想像するんだけど。
上村 「いいなぁ!」って、よく言われますね。「代わりに行ってきていいよ」とか思うんですけど(笑)。
渡辺 フランスだろうが長野だろうが「どこでも同じ」みたいな。
上村 とにかく「山」ですからね。お買い物もできないし、ご飯も「そこそこ」だし。
渡辺 行く場所は、雪の質だとか滑りやすさを考えて、時期によって変わるんですか。
上村 そうですね。日本が夏の時期はニュージーランドへ行ったりとか。
渡辺 長い期間、休むことはあります?
上村 春ですね。3月でシーズンが終わって、それから5月までの2カ月間。でも今年は、いつもよりだいぶ遊んでましたね。オリンピックが終わったから。
渡辺 オリンピックに向けてガァーッと集中してトレーニングをしてきたと思うんですけど、急に時間が空くと、何をしていいのか分からないってことはないですか。
上村 最初はあれこれ考えてたんですけど、結局、何をすればいいか分かんなくなって、ぐうたらしちゃいましたね。途中で、スポーツ選手だからとか関係なく、普通に生活している人として「これはいけないなぁ」とは思ったんですけどね(笑)。
渡辺 でも、またすぐに練習に戻るという気分でもなかった?
上村 今年はずっと休んでいたいなぁと思ってました。でも、夏にカナダに行って滑った時に、やっぱり楽しいなぁと思って。
渡辺 プライベートで行ったんですか。
上村 個人キャンプです。だから、やっぱり練習したんですけどね(笑)。
渡辺 4年前の長野オリンピックで活躍したから、もちろん実力でも注目されるし、ルックス的にも「スター」として視線が集まるじゃないですか。だから、モーグルという競技を知らない人でも「上村愛子」という存在は知っている。それって聞くまでもなく、ものすごいプレッシャーなんだよね?私なんか想像もつかないけど。
上村 相当でしたね。長野の時は本当に何も考えていなくて、自分の実力が相応のレベルに達してないと思っていたから、周りの期待も「ただ勝手に言ってる」くらいで、全然気にならなかった。それが、ソルトレイク前のワールドカップでシーズン総合2位になっちゃったんですよ。それがすっごいプレッシャーになって。「やってしまった」と思いましたね。
渡辺 次は「金」を取るしかないもんね。
上村 周りも自分自身も「2の次は、1しかないじゃん」って考えてしまう。怖かったですね。「失敗したらどうしよう」って。
渡辺 やっぱり滑りにも影響が出た?
上村 普段だったら考えない余計なことが頭の中でグルグル回ってました。周りばっかり気になってしまって。
渡辺 誰かに相談はしなかった?
上村 しなかったですね。ほかの選手だって自分のことで精一杯だから、邪魔しちゃいけないじゃないですか。コーチも私だけじゃなくチーム全体を見てるから。
渡辺 本番の前には吹っ切れたんですか。
上村 考えてても良くない結果ばかり思い浮かんじゃうし「行くしかない」って、スタートの時には全部忘れました。でも、その直前まではいっぱいいっぱいでしたね。
渡辺 そんな時は、何かにすがりたかったりするんだろうけど。
上村 本番直前になると、わりと集中できるタイプだから、「まぁどうにかなるだろう」とは思ってました。
渡辺 観てる側としては「今回は金メダルだろう」なんて勝手に思ってる。でも、試合後のインタビュー記事を読んだりすると、滑る本人が置かれた立場は、尋常じゃない世界なんだって気づかされました。
上村 周りが金メダルを期待することで辛くなることもあります。でも、応援してもらえなくなったら終わりだと思うから。
渡辺 以前お会いした時は、いわゆる「今どきのコ」という印象だったんですね。プレッシャーをまったく感じずに、すごいことをやっちゃうんだろうなって。
上村 自分でもプレッシャーを感じないタイプだと思ってたんですよ。でも、競技を続けていって「理想」が見えてくると変わるんですよね。自分が理想から遠い状態にあれば、練習とか試合を「やるだけ」なんですけど、理想がより具体的に見えてくると、それに近づこうとして、逆に怖くなってしまうというか。
渡辺 その感覚を味わったのは、ソルトレイクが初めて?
上村 そうですね。
渡辺 ソルトレイク前の新聞で読んだのが「ジーパンが履けなくなるかもしれないけど、メダルを目指して筋トレします」という内容の記事で、「本気なんだ、すごいなぁ」と思った。それまでは「やったらできちゃいました」なんて、あっけらかんと言ってしまうタイプなのかなと思っていて。
上村 そういうタイプだった(笑)。ワールドカップで総合2位をとったときも、特別な練習をしたというわけではないんです。だから、それより上を目指すなら、ちゃんとやらなきゃいけないだろうと思って。
渡辺 なるほどね。でも、そこで好きな服のことをあれこれ考えるところが「オシャレさん」でいいなって(笑)。
上村 ありがとうございます(笑)。今でもそれは思いますよ。例えば合宿に行くと筋肉がついて体重も増えるし、サイズが変わる。行きではけっこう余裕があるジーンズも、帰りはパンパンだったり。ショックですね。「やだなー」って思っちゃう(笑)。
渡辺 でも、4年後のトリノに向けて…。
上村 「4年後」ですね。今回のように、前のシーズンで調子が上がって、本番で下がるということだけはしたくないです。
渡辺 そのためには、どんなトレーニングをしていくんですか。まずは、体づくり?
上村 毎年、いろいろ試していきたいです。例えば今シーズンは、たくさん休養をとっていたから、この状態のままやったらどうなるのかとか。今までは本当に何にも考えないでやってきたから、どうすれば調子がいちばん良くなるかを知らないんですよ。ールドカップ総合2位の時は、実は、やる気のなかったシーズンだったし。いろいろと作戦を毎年変えていって、4年後にベストの方法を選べるようにしたいなぁと。
渡辺 今シーズンの大きい大会は?
上村 世界選手権があります。今度の2月。ソルトレイクと同じ場所でやるんですけど、あのコースってすごく辛いんです。ほかのコースより30?くらい長くて。普段滑っているコースだとゴールしているところが、ソルトレイクのコースだと第2エアーを飛ぶ場所だから、「ここからまだ下があるのか」って。今年はちょっとびびってますね。けっこう練習を休んじゃったし。
渡辺 でも、そんなに練習してなかったのに、コーチに誉められたって聞いたけど。
上村 そうなんです。先日のカナダで「楽しいなぁ」って思いながら滑っている時に言われましたね。
渡辺 それは、今までと何が違ったんだと思いますか。
上村 やらされてるんじゃなくて、自分から進んで滑っていたから、かな。
渡辺 それまでは「やらされてる」感があったんだ?
上村 周りの期待に応えたいのもあって、「とにかくやんなきゃ」っていう気持ちの方が強かった。それが、オリンピックが終わってから肩の荷が下りて、それで夏に滑ってみたら、「やっぱり楽しいなぁ」って。
渡辺 以前よりプレッシャーがなくなったというか、自信が出てきた?
上村 初めて期待を裏切った年だったんですね。だけど、その時の周りの反応に安心しましたね。
渡辺 どんな反応だったの?
上村 見捨てられると思ってたんですよ。今まで温かくしてもらっていたのが、急に冷めるんじゃないかと思って。
渡辺 「なんだ、ダメじゃん」って。
上村 そう。すっごく怖かった。滑り終わった瞬間、自分では「やったぞ」と思ったけど、結果が出なかったから…。でも、変わらず優しくしてくれて。だから、「自分の思うようにやってもいいかなぁ」って考えられるようになった。
渡辺 私の仕事、例えばテレビだと、舞台とかと違って観てる側からの反応がないのが怖いです。「良かったね」「ダメだったね」っていう反応を、なかなか肌で感じにくいですよね。良い悪いの評価が欲しいなって、時々思いますね。
上村 そういう面でスポーツはいいですね。すぐ分かりますから。私は人から「ポイッ」てされるのが大嫌いなんです。ちょっと弱虫なんですよね、そういうところ。
渡辺 大丈夫。私が、テレビを見ながらだけど(笑)、いつも持ち上げるから。
上村 ありがとうございます(笑)。
渡辺 そもそもモーグルを始めたきっかけは何だったんですか。
上村 一目惚れ。
渡辺 一目惚れかぁ。それまでもスキーはやってたんだよね。
上村 はい。アルペンをやってました。「モーグルやってみない?」って言われてるだけの時は「嫌だ」って答えてたんだけど、競技を目にしたら、一目惚れしてましたね。
渡辺 私、正直言って、里谷多英さんとか上村愛子ちゃんが注目されるようになるまでモーグルを知らなかった。
上村 私も知らなかった(笑)。94年のリレハンメルオリンピックの1カ月前ですよ。初めて見たのが。で、リレハンメルで日本人の女の子がいるよって、それが里谷多英さんだったんですけど、彼女を見て、「超カッコいい!」と思ってから、本格的に始めるようになりました。
渡辺 同じように、多英さんとか愛子ちゃんの活躍を見て、「やりたい!」っていう若者とか子供が増えたんじゃないですか。
上村 「ぜひやって!」って感じですね。
渡辺 モーグルって、まずビジュアルがいいでしょ。格好がオシャレだったり体の動きが楽しかったり。あとは、音楽がかかってて「ノリ」が若い人と近い感じがする。
上村 「見ていて楽しい」って言われるのは、本当うれしいですね。私も見た目と、競技のやり方に惹かれて始めたんです。なんかノリがアメリカっぽいんですよね。「行ってしまえ!」みたいな。私は、もともと後先考えず行動する性格だから(笑)。
渡辺 スキー以外のスポーツは?
上村 スキーだけなんです、本当に。スノーボードもダメ。
渡辺 私ね、雪の上のスポーツって本当にダメなんです。ダメっていうか、もう嫌い(笑)。雪の上だと、手をついても止まらなくて、思わぬところに滑って行ったり。初めてスキーをやった時に「こんなもの二度とやるか」と思った(笑)。それと、何回も転ぶでしょ。そうすると、いつも脳みそが「ブルブル」って揺れる感じがして「私の人生終わったかも…」と思って(笑)
上村 あはは。私が初めてスケボーをした時は、ボードに足を乗せて漕いだ瞬間に転んで「もうやらない」と思った(笑)。それから2年後くらいに、またやってみたんですけど、一度スネを「ガンッ」てぶつけてやめました。痛いのダメなんですよ。
渡辺 モーグルはどう?痛くないの?
上村 あまり転ばないから。歩いているのと一緒なんです。板を履き始めたのが3歳とか4歳ですからね。
渡辺 「三つ子の魂百まで」ってやつね。
上村 スキー以外で、何か得意なものが欲しいんですけどね。
渡辺 何か趣味はある?
上村 買い物と料理と散歩。
渡辺 料理も趣味なんだ。意外(笑)。
上村 米を炊飯用土鍋で炊いたりします。この前、電話してて焦がしましたけど(笑)。
渡辺 得意な料理は?
上村 パスタのアラビアータ。あとは、めんどくさいカレーライス。
渡辺 どういうカレー?
上村 チキンをヨーグルトにつけたり、スパイスをあれこれ調味したり。
渡辺 ちゃんと一から作るんだ。
上村 あとは、オムライス。
渡辺 でも卵を巻くのは難しくない?
上村 よく失敗しますけど(笑)、卵が切れたところにケチャップで名前を書いて、「まぁいっか」みたいな。味はあまり失敗しないですよ。
渡辺 いつお嫁にいっても大丈夫だね。
上村 あんまりダメかもしれない。作りたい時だけ作るから続かないんです(笑)。
渡辺 スポーツ選手としては、体が細くて小さいよね。
上村 よく言われます。外国人の選手には「赤ちゃんみたいだ」って頭を撫で回されます。
渡辺 モーグル選手としてはどうなの?
上村 機敏な動きができるのはいいけど、迫力負けしますね。170?もある選手と比べてしまうと。
渡辺 小さい体でダイナミックさを表現するコツみたいなものはあります?
上村 「エアー」をバカでかく飛ぶことですね。面白いのが(下から競技を見たときに)ジャンプ台の手前で、背の高い選手なら姿が見えるけど、私だと一瞬消えるんです。「いなくなった。あ、出てきた」って。
渡辺 意表をつく(笑)。
上村 でも、ルールが変わって、すごく難しくなってきてるんです。でかく飛ぶだけじゃダメで、今シーズンは回転する方が評価されたり。回るの苦手なんですよね。この前、思いっきり転んで、むち打ちでひどかった。もう嫌だと思った(笑)。
渡辺 苦手な痛みが(笑)。でも、それに対応していかないといけない。
上村 最終的に回転もできないと、モーグルで通用しなくなるかもしれない。でも、だからといって小さく飛ぶことはできないですね。高く飛ぶ楽しさを知ってるから。
渡辺 愛子ちゃんらしさを出して、頑張って欲しいですね…って、頑張ってると思うんだけど、何ていうのかな、こういう時にかけられて嬉しい言葉ってある?いつも思うんだよね。何ていえばいいかなぁって。
上村 こんなふうに対談をさせてもらったり、私がやっていることを分かってもらったうえで「頑張って」っていわれるのは、すごく嬉しいですよ。
渡辺 これからトリノを目指していくと思うけど、その先はまだ考えられないよね?
上村 まだ全然考えてないけど、スキーをやめたら勉強をしようとは思いますね。
渡辺 勉強?
上村 服のデザインとか。ほかにもやりたいことはいろいろあるけど…。
渡辺 とりあえず今は、4年後のことだけを考えてる。
上村 そうですね。トリノの次を目指したらもう30歳ですからね。だから、トリノが最後かなって思ってます…ちょっと、焦ってきたな(笑)。
渡辺 期待してます。頑張ってください(笑)。
上村 ありがとうございます(笑)。
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